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新潟地方裁判所 平成6年(ワ)239号 判決 1996年3月27日

住所<省略>

原告

右訴訟代理人弁護士

味岡申宰

東京都中央区<以下省略>

被告

セントラル商事株式会社

右代表者代表取締役

右訴訟代理人弁護士

本村俊学

主文

一  被告は原告に対し、金一二四一万六一一一円及びこれに対する平成六年五月二二日から完済まで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告のその余の請求を棄却する。

三  主文一項は、金八〇〇万円の支払いを命ずる限度において、仮に執行することができる。

四  訴訟費用は五分し、その三を原告の、その余を被告の各負担とする。

事実及び理由

第一請求

被告は原告に対し、金二八八八万〇〇六八円及びこれに対する平成六年五月二二日から完済まで年五分の割合による金員を支払え。

第二事案の概要

本件は、原告が被告との間の商品先物取引受託契約に基づき、金等の商品先物取引(以下「本件先物取引」という)を行ったことにより損害を被ったと主張し、被告に対し、使用者責任又は債務不履行により損害賠償を求めた事案である。

一  争いのない事実

1  商品先物取引受託契約

被告は、平成二年四月四日ころ、原告との間で商品先物取引受託契約を締結した。

2  取引内容と原告の損害

被告は、東京工業品取引所において、平成二年四月四日から同三年一一月五日までの間、本件先物取引を原告の計算において行ったが、その内容は、別紙「金取引一覧表」、「白金取引一覧表」、「ゴム取引一覧表」及び「入出金状況一覧表」のとおりであり、原告は差引二六二五万四六〇八円の損害を被った。

二  争点

1  適合性原則違反

(一) 原告の主張

原告は主婦で保険代理店を営む者であるが、投機資金を充分に有しておらず、本件先物取引について夫に内緒であったから、顧客としての適合性を有しない。

(二) 被告の認否

原告が保険代理店を営む者であることは認め、その余の内部事情は知らず、顧客としての適合性を有しないことは争う。

2  説明義務違反

(一) 原告の主張

被告の社員B(以下「B」という)は、原告を勧誘するに際し、商品先物取引の仕組み、内容、危険性等について十分な説明をしなかった。

(二) 被告の認否

争う。Bは原告に対し、一時間強を費やし、パンフレットを示しながら商品先物取引の危険性、追証、ナンピン、両建て等について詳しく説明した。

3  断定的判断の提供

(一) 原告の主張

Bは、原告を勧誘するに際し、「金は底値であり、必ず値上がりする。夏になれば金鉱労働者のストライキがある。私に任せてくれれば儲かることは間違いない」などと断定的判断を提供した。

(二) 被告の認否

Bがストライキの予想を述べたことは認め、その余の事実は否認する。

4  受託業務管理規則違反

(一) 原告の主張

被告が定めた受託業務管理規則(以下「管理規則」という)においては、商品先物取引の経験のない委託者の建玉枚数の限度を二〇枚とし、それを超える建玉の依頼があったときは、管理担当班がその適否について審査し、妥当と認められる範囲内で受託するものとされているが、原告については、平成二年五月一七日現在、そのような手続を経ずに四六枚の建玉が行われた。

(二) 被告の認否

原告の主張する内容の管理規則が存在すること、同日現在の建玉数はいずれも認め、所定の手続を履行しなかったことは否認する。

5  両建て及び因果玉の放置

(一) 原告の主張

Bは、原告に対して両建てを行い、因果玉を放置しながら両建ての一方の建玉に関しては仕切りと建玉を繰り返す勧誘を行い、結局、放置した因果玉の仕切りによって原告に多額の損害を与えた。

(二) 被告の認否

原告の主張事実は否認する。因果玉として損を出すか否かは結果に過ぎない。Bは、売玉による利益に見合った分の買玉仕切りを勧めたが、原告は買玉の値上がりが予想されるとして、これを承諾しなかった。

6  義務違反と損害との因果関係

(一) 原告の主張

本件先物取引により原告が被った損害は、すべて被告ないしその社員の義務違反により生じたものである。

(二) 被告の認否

争う。本件先物取引はすべて原告の指示あるいは承諾を得ながらされたもので、その損害はすべて原告自身が負うべきものである。

第三争点に対する判断

一  適合性原則違反の主張について

1  前記第二、一の争いのない事実、証拠(乙二、証人B、原告)及び弁論の全趣旨によれば、原告(昭和一三年○月○日生)は高校を卒業し、建設会社の事務員等をした後、昭和三六年九月に結婚したこと、原告の夫C(以下「C」という)は会社員であったが、その後独立して自動車修理業を始め、現在、○○会社(資本金四五〇〇万円)の代表取締役をしており、原告はその取締役であること、原告は主婦であるかたわら、保険代理店を営み、これによる年収が二〇〇万円程度あること、原告は、別紙「入出金状況一覧表」の「有価証券の種類数量(名義人)」欄記載の有価証券(一六六〇万一九九二円相当)を管理していたこと、これらの有価証券の資金源及び本件先物取引に投入された現金九六五万二六一六円には、原告のみならず、忠ら家族のものも混入していたこと、原告は株式及び商品の先物取引の経験はなかったこと、Bが原告との取引を開始するに当たり、連絡方法を尋ねたところ、原告は、「電話をするときに、どこの誰とは言わずに名前だけ言って下さい」と答えたこと、Bは原告に対し、資産及び年収等について質問を発しなかったことが認められる。

2  右認定事実によれば、原告は、商品先物取引の知識、経験がなく、学歴、年齢、職業及び資産からすると、商品先物取引について全く適合性を有しないとはいえないが、家族に内緒で取引するとの事情が窺われ、過大な取引をする危険性があったのであるから、被告の社員としては原告の収入及び資産を確認し、取引額が過大にならないよう配慮すべき注意義務があったというべきである。

しかして、Bは原告に対し、資産及び年収等について質問を発しなかったのであり、原告の資産の額は明らかではないが(原告名義の株式についても必ずしも全部、原告に帰属するとはいい難い)、被告の社員が本件先物取引において原告の年収の約一三倍に当たる資金を投入させた点において、違法であったというべきである。

二  説明義務違反の主張について

原告は、本件先物取引に際し、Bから二〇分程度しか説明を受けておらず、平成二年五月一七日になって初めて売建てのできることを知った旨供述し、甲七、九及び証人Dの証言中にはこれに沿う部分がある。

他方、証拠(乙一1ないし3、八、一一、一四、証人B)によれば、Bは原告に対し、少なくとも一時間以上かけて商品先物取引の仕組み(追証、ナンピン、両建て等)及び危険性についてパンフレット(乙一一)を示しつつ説明し、これらについて説明記載のある右パンフレットを原告に交付したことが認められ、原告が右パンフレットを受領したことは受領書(乙一2)により明らかであるから、説明義務違反があったとする原告の主張は理由がない。

三  断定的判断の提供の主張について

原告は、この点に関し、原告の主張に沿う供述をするが、証人Bは、金鉱労働者のストライキがあれば、需給関係が引き締まり、相場が上がっていくとの見通しを述べただけであるというのであり、原告の供述をそのまま正しいとすることはできない。

四  受託業務管理規則違反の主張について

証人Bによれば、建玉枚数の制限超過については、所定の手続を履践したというのであり、原告の主張する管理規則違反の事実を積極的に認めるに足りる証拠はない。

五  両建て及び因果玉の放置の主張について

1  原告は、別紙「金取引一覧表」のとおり、平成二年四月四日に単価二〇三六円で買建てした一〇枚(a)を同三年一月一一日に単価一七〇五円で仕切り、取引税、手数料及び消費税を含め、三四六万二七九二円の損害が発生した。原告は、その間、同二年五月一七日に金一〇枚を単価一九〇五円で売建てし、同月二四日にこれを単価一八八〇円で仕切り、さらに翌二五日に一〇枚(b)を単価一八八〇円で買建て、右a、bとの両建てとして、同年六月一二日に一〇枚を単価一八五二円(同月一四日仕切り)、同月二二日に一〇枚を単価一八二四円(同年七月四日仕切り)、同年六月二五日に一〇枚を単価一八三七円(同月二九日仕切り)、同年七月六日に一〇枚を単価一八三二円(同月一〇日仕切り)でそれぞれ売建てするなどし、両建て状態を反復した。

なお、証人Bの証言及び乙八には、Bが平成二年八月一四日、原告に対し、前記aの買建玉を仕切るよう勧めたが、様子を見ることになったとの部分があるが、これを直ちに採用することはできない。

2  原告は、別紙「白金取引一覧表」のとおり、平成二年四月一一日に単価二五一〇円で買建てした一〇枚(同年一〇月一一日仕切り)及び同年四月二四日に買建てした一六枚(同三年二月一九日仕切り)に対する両建てとして同二年七月六日に一六枚(同月一〇日仕切り)、同月一三日に二六枚(同年八月二八日仕切り)をそれぞれ売建てするなどし、両建て状態を反復した。

3  原告は、別紙「ゴム取引一覧表」のとおり、平成三年一月四日に単価一二〇円六〇銭で買建てした三〇枚(同年五月一四日仕切り)に対する両建てとして同月九日に三〇枚(同月一四日仕切り)、同月一四日に五〇枚(同月二八日までに三回に分けて仕切り)をそれぞれ売建てするなどし、両建て状態を反復した。

4  両建ては、利益と損失が同時に発生するから、建玉数が同じ場合には無益であり、いずれかの段階において、一方が因果玉として損害を顕在化させるまでは、反対玉により利益が出たような外観を呈して注文者を惑わせるばかりでなく、注文の都度、注文者に諸税及び手数料の負担がかかるから、先物取引員である被告の社員としては、特段の事情のない限り、無用な両建てを避けるようにすべき注意義務があるところ、本件において右特段の事情を認めるべき証拠はない。

六  不法行為の成立及び被告が賠償すべき損害の範囲

1  右一及び五4のとおり、被告の社員には、原告に対して過大な取引にならないよう配慮すべき注意義務及び無用な両建てを避けるようにすべき注意義務があったところ、本件先物取引の内容に照らすと、右社員にはこれらの注意義務の懈怠があったというべきである。

2  ところで、証拠(甲九、証人E、原告)及び弁論の全趣旨によれば、原告を被告に紹介したEが平成二年一一月一三日ころ、原告に対し、「そんなにやって大丈夫か。とれっこないよ」などと忠告したが、原告は、その後も右忠告に従わず、被告との取引を継続したことが認められる。そうすると、同日以後の取引は、たとえ、原告が被告の社員の勧めに応じてしたものであっても、原告の自由な意思に基づくものであり、これによって生じた損害(差引)三六八万〇三八七円(金の内八九万三六七五円、白金の内二七四万六二五三円及びゴム全部四万〇四五九円の合計額)は原告自らが負うべきである。

3  前記一1及び二で認定した事実及び弁論の全趣旨によると、原告は、商品先物取引の危険性について理解する能力が少なからずあったのに、Bから交付されたパンフレットをよく読まず、Bに対して十分に質問することなく、本件先物取引を継続したことが認められ、本件先物取引による損害の発生及び拡大については、原告にも過失があったというべきであり、その過失割合は五割とするのが相当である。

被告が原告に損害賠償すべき金額(弁護士費用を除く)は、原告が本件先物取引に投入した額二六二五万四六〇八円から右2記載の三六八万〇三八七円を控除した残額二二五七万四二二一円の五割である一一二八万七一一一円(円未満四捨五入)であり、これに弁護士費用としてその約一割の一一二万九〇〇〇円を加算し、仮執行宣言については、認容金額の内八〇〇万円の範囲内で相当と認め、主文のとおり判決する。

(裁判官 太田幸夫)

<以下省略>

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